私(30代女性)の光線過敏症が治るまでの12年間

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光線過敏症について
さすらい独りもの日記
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どうも独子です。

突然ですが、実は私は大学生になった頃からここ最近まで、

光線過敏症でした。

 

でも最近は全く症状が出ていません。

治ったのかも知れません。

 

そこで今日は、私が長年患ってきた

光線過敏症の体験記を綴りたいと思います。

 

記事の目的

この記事は、現在、光線過敏症を患っている方に治療法や対策をお勧めする記事ではありません。

 

なぜかというと、それは体質によって様々だからだと思うからです。

 

なので参考になるかならないかは別として同じ症状だった私が、12年目で治るまでの記録として、軽い気持ちで読んでいただければ幸いです。

 

光線過敏症とは?

健康な人では問題が生じない程度の日光照射であっても肌が露出している部分にだけ、赤見や痒みなどの異常反応が起きる疾患です。

(参考:セルフメディケーションネット)

↑こちらのURLに詳しい情報がたくさんのってます。

 

光線過敏症には色々な種類があるのですが、おそらく私の症状は、

多形日光疹というものでした。

 

さきほど紹介したセルフメディケーションネットによると、

多形日光疹とは、光線過敏症の中で最も高頻度に発症。

若い女性や光にあたる機会が少ない人に好発。

皮疹は丘疹(限局性の隆起)、紫斑、複数の赤い隆起や不規則な形の赤い皮疹など多様な症状を示す。

ということです。

(参考:セルフメディケーションネット)

 

私が光線過敏症だった頃の写真がないのですが、要は、日光にあたると、露出した部分に赤いぶつぶつが隆起して、

めちゃめちゃ痒いということです。

 

※私は皮膚症状とともに激しい頭痛と嘔吐を伴うことが多かったけど、皮膚症状だけの人が多いと思います※

 

次に私が光線過敏症になるまでの経緯について触れていきます。

 

18才で発症するまで

小学生まで

病歴

小学生の頃まではかかりつけ医からは喘息やアトピーの気があると言われていたそうですが、重症では全くなく、至って健康な体質でした。

 

ただし、風邪を引くと重い咳が長く続き、吸入することも頻繁にありました。

 

一度肺炎にかかり、入院をしたことがあります。(小学校低学年の頃)

 

精神状態

若干神経質で、ストレスがたまりやすい性格の子供だったかも知れません。

 

皮膚のトラブル

小学生の頃は、毛虫の毛や植物に、とてもよくアレルギー反応を起こし、特に目元が頻繁に腫れることがありました。

 

冬から春になる頃には、毎年目の周りが真っ赤になり、皮膚科でステロイド(確かリンデロンという薬)を頻繁に処方してもらっていました。

 

唇も非常によく荒れていて、荒れてカサカサになるというよりは、全体的に腫れぼったくなり(ピリピリするような症状)、その後にじゅくじゅくした状態になり、治るということを繰り返していました。

 

皮膚科には、シーズン毎に一度、お世話になり、そこでもらったステロイド薬に目元は頼っていました。

 

残りのステロイド薬を保管し、症状が出たら、適当に塗るというようなこともしていました。

唇にも適当に塗ったりしていました。

(今考えると危ない行為です)

 

中学生~高校生にかけて

病歴

この頃は、心身ともに至って健康で、毎日部活に精を出していました。

 

精神状態

小学生の頃と変わって、神経質さは和らぎましたが、相変わらず、人間関係や学業のストレスが非常に貯まりやすかったです。

 

例えば中学生の頃、ストレスのせいか、目元のチックのような症状が出て、担任の先生に心配されました。

 

それぐらいストレスに弱かったです

(ー_ー)

 

※チックについては、特に治療をせずに放置しています※

(今でもよく『まばたき』について指摘されるのでちょっと問題があるのかも。それはまた別の記事で書きます)

 

皮膚のトラブル

小学生の頃のような皮膚のトラブルが継続してありました。

この頃は、季節に関わらずに、出るようになりました。(ただし、頻度は多くない)

 

実は、幼い頃から水泳をしていたのですが、中学生、高校生では、夏は炎天下で毎日泳いでいました。

 

でも皮膚症状については、光線過敏症ではおそらくなくて、塩素の影響などで、ごくたまに、目の周りが敏感になる、といった程度でした。

 

その時は、皮膚科に行って、ステロイドをもらっていました。

(小学生の頃塗っていたリンデロンよりも若干強いものだったように思えます)

 

顔以外にも全身がたまに乾燥して痒くなることがあり、体にもステロイド薬を塗るようになりました。

 

症状自体は小学生の頃とそんなに変わらなかったですが、今考えると、思春期ゆえに、荒れた肌を早く治したい思いが強く、薬を塗りすぎていたかも知れません。

(化粧水の後などに、習慣のように毎日塗っていました・・・)

 

今考えると、恐ろしいことをしてますね。

 

大学生でついに発症

 

特に大きな病歴もなく、ふつうに過ごしていた私は大学生になったのを契機にフィールドスポーツに転向しました。

 

毎日炎天下のグラウンドで練習を2、3時間ほど行っていました。

 

日焼け止めは、水泳をしていた頃の癖で全く塗っていませんでした。

 

そして、フィールドスポーツを初めて、1週間ほど経ったある日、露出した腕に赤い発疹がひとつできているのに気づきました。

 

小さなブツブツ(1ミリほど)がたくさんある、直径3~5センチほどの丸くて、赤い腫れでした。

 

表現が難しいですが、よく蚊に刺されたときに赤くはれますよね?

あれよりも二回りかもう少し大きい腫れなのです。

 

また、皮膚の表面の状態ですが、蚊に刺されたときは、皮膚の表面は赤くはれているけど、つるつるしてますよね?

 

光線過敏症の場合(というより私の場合)は、無数の小さなぶつぶつが表面にできていて、デコボコした状態になっていました。

 

また、腫れはきれいな円形にはなってなくて、いびつな形をしていました。

 

初めて発症したときは、腫れたのは一か所だけだったのですが、物凄く痒かったのを覚えています。

 

この日を境に、日光の下で活動をすると、露出した部分に、赤い腫れができるようになりました。

 

今振り返ると

この頃は、大学に入ってすぐだったので、精神面も安定しておらず、その影響か、光線過敏症以外にも、唇のただれがとても頻繁におこるようになっていました。

(2か月に1回ほどじゅくじゅくただれて、完治に3~4週間~1か月半ほどかかる)

 

なんかいろいろ大変でした・・・(ー_ー)

 

私の発疹がでた箇所

基本的には顔(頬骨のあたりと目の上)、腕の外側。

ひどいときは、手の甲、手の親指のつけ根。

最悪のときは、太腿の前側、首の前側にまで発疹が広がっていました。

 

でも、基本的に腫れるのは、腕の外側と顔でしたね。

 

加えて私の場合は、激しい頭痛と嘔吐がほとんど常に皮膚症状に伴いました。

 

体がだるくて、とてもしんどかった記憶があります。

 

発疹が出るのは、日光の元で活動した直後ではなく、1、2時間してからでした。

 

だいたい発疹が出る前に頭が激しく痛くなり、だるいような感じになり、嘔吐したりして、

あ、これはそろそろ発疹きますね(ー_ー)

と思っているうちに発疹が出てきます。

 

この皮膚症状以外の症状については、皮膚科ではあまりきちんと見てもらわなかったので、何なのかは結局よくわかりませんでした。

 

また、私は光線過敏症が原因以外の頭痛のときでも、ひどい頭痛の場合は吐いてしまうことが多いので、嘔吐はひょっとしたら頭痛から来てるだけかも知れません。

 

その頭痛はというと、日射病かも知れませんね。

熱が体内にこもりやすい体質みたいです。

 

皮膚科での診断

発症したとき、何が何だかよくわからなかったので、すぐに小さいときから通っている皮膚科にいきました。

 

皮膚科に行くと、ステロイドを出してもらうだけで、この症状がなんなのかは特に説明がありませんでした。

肌が弱いのね~ぐらいでした。

 

私も当初は、光線過敏症なんて聞いたこともなかったし、元々肌が弱めだったこともあって、この皮膚症状の原因はきっと太陽光だとはおもうけれど、日焼けで荒れているだけなのかもしれないと思って自ら積極的に調べてはいませんでした。

 

症状があまりに頻繁に出るようになってからは、家の近くの皮膚科を3軒、はしごしたりもしました。

 

しかし言われたことは共通で、

あなたは肌が弱いから、日光にあたらないようにしなさい

ということです。

(特に光線過敏症という名前は言われませんでした)

 

またある皮膚科の女医さんには、

化粧をきっちりして外出しなさい

と言われました。

 

つまり、顔に直接太陽光が当たらないように気を付けてということだったのですが、

もう痒くて痒くてたまらないのに、

化粧をするなんて!

ぜんぜん理解してくれない!

と当時は自分勝手に落ち込みました。

(ー_ー)

 

薬は、3医院ともにステロイドの処方がありました。

(薬の名前を覚えていません。すみません)

 

悪化していく症状

私は病院をはしごする程の症状になってからも毎日、フィールドスポーツを続けていました。

 

大学の友人関係が、部活のみだったのもあり、辞めるなんて考えられませんでした。

 

そして毎日、日焼け止めを丁寧に塗って、練習が終わったらステロイドをたっぷり塗るという生活をしていくうちに、どんどん薬が強くなっていきました。

(お医者さんにもう一段強いのだすね~と毎回のように言われました)

 

この頃は、唇も常にトラブルを抱えていて、見た目もひどく、大きなストレスとなっていました。

 

さらに、この頃になると、赤い発疹が出る前の頭痛や嘔吐がかなりひどくなり、練習中にトイレに駆け込むこともしばしばありました。

部活後の授業中は体が熱っぽく、だるくて仕方ありませんでした。

 

それでも部活を続けたかったので、無理してがんばっていました。

部活をやめるきっかけ

頑張って部活を続けて肌はボロボロの毎日を送っていた私。

 

女医さんに言われた通りに毎日化粧をしていた上にファンデーションで発疹を隠すようなこともしていたので、余計に悪かったんでしょうね

(―_―)

 

皮膚科からもあまりのボロボロの私の肌に、

「もう屋外スポーツあきらめたら?」と何回も言われました。

 

でも私は頑なに部活を続けていました。

 

そんなある日、バイト先に来た小さな男の子に、突然指を差され、

「このお姉ちゃん、肌あれてる~!」

と無邪気に言われました。

 

きっと私の身近な人は、私の肌が荒れていることに気づいていたけど、気使って言わなかったのだと思います。

 

この見知らぬ男の子の無邪気な指摘に、私はすごく傷つきました。

 

※男の子は全く悪くなくて、無邪気なだけだったのですが、私の精神状態が悪かったため深刻に受け取ってしまったんです※

 

その日を境に、人目に肌をさらすのが怖くなり、毎日マスクで隠すようになりました。

 

荒れている上からマスクをするので、むれるやら、痒いやら、もう散々でした。

 

相当心が病んでいました。

そして、精神的の限界が頂点に達し、部活は諦めることにしました。

 

炎天下での運動をやめてから

運動をやめてからも、しばらく肌はあれていたので、ステロイドは毎日のように塗っていましたが、1週間ほどするとあんなに荒れていた肌がつるつるになりました。

 

知りあいや家族からも

「肌きれいになったね!」

と言われました。

 

みんな気づいてはいたのに言わなかったんだなと、優しさが胸にしみました。

(―_―)ほんとです。

 

本当に肌がきれいになってよかったと、毎日楽しく過ごしていました。

 

治ったわけではなかった

運動を辞めたあと、いきなり綺麗な肌になったので、

「なんや治ったやん。

運動のストレスやったんかな~?

もう大丈夫やろ」

と思っていました。

 

それまでは日光が本当に怖かったので日光の下を歩くときは、常に長袖をきて、日傘を差して、サングラスをしていました。

 

光線過敏症になった人にはわかるかも知れませんが、日光に出るときに、恐怖で足がすくむ気がするのです。

(大袈裟な表現ではありません)

 

でも、そんなに対策をきっちりせずに、20分ぐらい太陽の下で歩いても、肌は相変わらずきれいなままだったので、

 

あれ?治ったんじゃね?(―_―)

と本気で思っていました。

 

その心境のまま、大学の夏休みに突入。大学の夏休みと言えば、海。調子に乗って、参加してみたところ・・・

 

でました、発疹。

 

激しい頭痛、嘔吐の後、体に動物の柄かなと思うぐらい、発疹ができました。

 

この時の症状が、私の光線過敏症暦の中で、一番きつかったかも知れないです。

 

痒いし、嘔吐するし、頭が痛いし、散々でした。

そして、治っていないことを実感するのでした・・・

 

民間療法を色々試してみた

海での発症から、再び、日光におそれを抱くようになって、もうこわすぎて、こわすぎて、電車から差し込む光にも、おびえるほどでした。

 

精神状況も再び悪化しました。

 

この頃から、皮膚トラブルに関する色んな本を読むようになり、

ステロイドって、こわいのかも知れない

と思うようになりました。

※ステロイドについては、たくさん意見があると思います。あくまで個人の見解です※

 

そこで、早速ステロイド断ちを敢行してみたものの、治っていない肌が痒くて、痒くて。痒さって本当に精神をむしばみます。

 

日常生活への支障が半端なかったので、ステロイド断ちのルールを緩め、ちょっとだけは使っていいことにしました。

 

この頃調べた情報から取り入れたことは、

・ステロイドをなるべく少ししか使わないようにすること

・体を柔らかくすること

・和食を多めにすること

・ストレスをためないようにすること

 

などです。

 

しかし結局、お風呂上りとかは特に体がかゆくて、ステロイドをぬったり、やめたり・・・。

 

完治する前に塗らなくなるから、またステロイドを塗ったり、やめたりして、結局、ステロイド総量はちょっとしか減らせなかったです。

 

それでも他の取組みがよかったのか、徐々に、症状が出る頻度は減少していきました。

 

あと、お茶なんかもよく飲んでいました。

ドクダミ茶とかルイボスティーとか。

 

この頃、また、

もうそろそろ治るんじゃない?

てかもう治ったんじゃない?

と思っていました。

 

顔がドえらいことになった海外生活

大学を卒業して、症状がかなりおさまってきていた20代後半の私。

海外生活をするようになりました。

 

先進国の場合は、直射日光にあたる機会も、自ら望まない限りはほとんどなくて、普通に過ごせていました。

 

症状も長い間出てなかったので、

治ったんじゃない?

と思っていました。

(ー_ー)何回治ったと思うねん

 

ステロイドも3年ぐらい使っていませんでした。

 

そしてついに思い切って、先進国じゃなくて、日差し強めの途上国に行ってみることにした。

 

滞在中は日傘などを使って、うまくカバーしていましたが、ある日、バイクタクシーに5時間ほど乗って、移動する必要があり・・・。

 

「まぁそろそろいけるんじゃね?

きっと治ってるよ」

(―_―)出た治ったかも病

 

と不安ながらも思い、顔にマスクをしてサングラスをし、長袖とタートルネックをつけて(着脱式のもの)いざ、日光の元へ向かい、5時間バイクタクシーにのっかっていました。

 

日差しはかなりきつかったです。

 

そして到着するころには、

見事に目があかなくなりました。

(頭も痛くて、嘔吐もあり)

 

ぜんぜん、治っていませんでした。

(ー_ー)ウケる

 

たまたまそのバイクタクシーで、その国の首都に向かう途中だったので、発症してからは、首都にある清潔な住居で滞在することができました。

この点は運がよかったかも知れません。衛生状況が悪いところだと、肌を掻きむしったところからばい菌とか入りそうですよね・・・

 

でも、いくら首都とはいえ、薬はありませんでした。(ワセリンだけはあった)

 

もう本当に痒すぎて、辛かったです。

帰国まで1か月以上ある状況でした。

(そもそも薬持っていってないのが、無謀すぎでした)

 

毎日本当に痒かったけれど、なるべくかかないように気を付けて、特に何も塗らずに放置していました。

 

すると!あらふしぎ。

2週間ぐらいで、きれいにとはいきませんが、痒くなくなったんです。

1か月ぐらいで元通りの肌に戻りました。

 

物心ついたときからステロイド頼みだった私は、

肌って自力で治るんや・・・

と驚きました。

 

完治したのは寄生虫のおかげ?

その後も海外と日本の滞在を繰り返していた私。

時々症状が出たり、自然に治ったりを繰り返していたのですが、

ある途上国での滞在をきっかけに、症状が全くでなくなりました。

 

そのときの滞在でどんな変化があったかというと、

実は私、寄生虫に寄生されたのです。

 

その寄生虫とは、回虫です。

(回虫とはこんな感じ。苦手な方は閲覧注意。淡い色のミミズみたいな虫です)

 

現地の方に食事を呼ばれることが多かったので、回虫の卵を食べてしまったのだと思います。

 

帰国して半年後に、日本のトイレで用を足すときに、

出てきましたよ、やつは。

 

15cmはあったと思います。

大き目でした。

(―_―)ふふ、達者でなと言って別れましたよ。

 

そして寄生虫に寄生されたこの滞在を機に、直射日光ばりばりのところにいても、症状がぱたっと全くでないようになりました。

(一応日焼け止めSPF50は塗ってますが・・・)

 

寄生虫と光線過敏症の治癒の因果は正直わかりません。

 

体に良さそうなことをいろいろと試し、ステロイドも辞め、途上国の自然に囲まれ、オーガニックな食事を食べていましたので、そういう複合的な要素が繋がって、治ったのかも知れません。

 

か、寄生虫のおかげかもしれません。わかりません(ー_ー)体ふしぎです。

 

終わりに

光線過敏症になったときは、外にあまり出られないのが辛くて、いつも長袖が暑くて、日傘を持ち歩くのも、日焼け止めを塗るのも何もかもいや!って思っていました。

精神的にも非常に落ち込むことが本当に多かったです。

 

でも今振り返ると、不自由なことを経験した時期があったから、日傘をいつも差したりしている人を見ても、気取ってるなんて思わないし、電車ですぐにカーテンやブラインドを閉める人がいても「ひょっとしたら光線過敏症かな・・・?」と思えるようになりました。

 

私が発症した当初、光線過敏症について調べていたときに一番勇気をもらったのは、5年や10年で、半数の人が自然治癒するということを知ったときです。

 

でも今考えると治りかけの時期は、

「絶対治るからがんばろう!」

とは思ってなくて

「まぁ、不便やけど、日光にあたりゃせんかったらなれへんねんし、ははー」

ぐらいに気楽に考えて、光線過敏症ともうまく付き合い、あまり光線過敏症のことを神経質に気にせず暮らしていました。

 

なんで光線過敏症になったのかはよくわからないし、なんで治ったのかもよくわかりません。

 

今症状がある方は、大変つらいと思います。

それに私の症状は、他の方の体験記なんかを見ている限り、軽めだったのかも知れません。

 

私が治ったからは治る!なんてことは全く言えません。

私ができるのは辛さをほんの少し共感できるだけです。

具体的な助言がなくてすみません。

 

もしこの記事が、光線過敏症との色んな付き合い方のひとつとして役に立つならば・・・うれしいです。

 

といかく気楽に読んでもらえたら幸いです。

(―_―)では。およみいただきありがとうございました。

 

↓以下は参考までに寄生虫とアレルギーについて書かれた本。

ただし当たり前ですが、時と場合と人によるものです↓


 

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